占い師が名前をコロコロ変える。
こうしたことを不思議に思うユーザーは多いと思う。
そのワケは多岐にわたるが、たとえばこうしたものがある。
・無知による権利侵害
・心的病気の悪化
・犯罪やトラブル
それってホント?と思うかもしれないが、こういうケースは結構多い。
いずれのケースにもいえることだが、プロ占い師で仕事をするのはどうなんだ?とも思うだろう。
こうしたもの以外では、”なれない自分からのフェードアウト”だ。
なかなか思うように占いができない、お客様がつかない。
こういう状態になると、ホントの自分はこんなもんじゃないという都合のよい解釈をして、問題が自分じゃないところにあるように思い込もうとする。
その結果、占い師名に問題があるんだという答えにたどり着く。
要は”逃げる”という選択をする。
なかなか、これまでの自分の人生の生き方を変えることができないから仕方がないのかもしれない。
”逃げる”という判断は、時には選択のひとつとして必要だろう。
けれども、選択肢が”逃げる”一択の占い師はどうなんだろうか?
・都合が悪くなると逃げる。
・責任を転嫁する。
・言い訳しか言わない。
お客様は問題から逃れられないのに、相談を受ける占い師はいつでも逃げられる。
お客様はちゃんと相談を聞いてアドバイスしてくれると思っているのに、占い師側がフェードアウトするって・・・。
正直、こだわるのは名前じゃないんじゃないか?
名前を変えたって、技術が上がるわけじゃない。
これまでの自分の悪いところを改善するのが先で、名前を変えたって、そこが治ってなければ同じことを繰り返すだけだ。
一般社会で仕事の上で名前をコロコロと変えるものがあるかって考えると、犯罪者くらいしか思いつかない。
不正企業がそのままの名前を使えないから社名を変えたり、犯罪者が本名で働けないから偽名を使う。
弊社のサービスでは、名義変更は今ではめっきりと減ったというか、最近はその記憶がない。
不正と犯罪にかかわる人々は受け入れないということを明示し、ずっとやってきたら結果的にそうなったことを考えると、やっぱり名前コロコロ変える人々は・・・。
変わる・変えるはすぐできるもんじゃない。
ほんとに何かを変えたいと思うなら、少しずつやっていくしかできないと思う。
自分が本気で変わりたい・変えたいと思う気持ちがあるのなら、焦らずに少しずつ変化を楽しんで進めていけばいいんじゃないだろうか。
自分には何もない。私もそう思ったことがある。
けれども、周囲の人はそんなふうに思っていなかったりする。
何もないなら、ちょっとずつでも自分のできることからやろうとコツコツとやってきたら、まだ自分では何もないように思っているのに、評価してくれる人が増えてきた。
才能もお金もないから、何もできないと思うのは、間違っていると思う。
私自身もいったんすべてなくなってから、エンジニアがいるわけでもないし、お金もないという状況の中、今のチャット占いUranowや2つの占い館を手にすることができた。
ないのに何で手にできる?って普通は思うかもしれない。
私が手にできたのは、才能もお金もないけども、夢や目標と信念があったからだと思う。
今はないけども、どうにか実現させたい。
実現できるかどうか正直わからないけども、手探り状態で少しずつ進め、可能性の芽があれば、勝負した。
その勝負はすべて勝ったわけではないけども、ここが勝負所ってものに関しては、全部取れたと思う。
適度に負けたことも、いい教訓になったし、成長の糧にできた。
マリーシェルの店で活動する占い師は、私や会社の姿をずっと見てきて、一朝一夕で今があるのではないことを知っているし、どうやって変わる・変えるのかが分かる占い師が増えてきたと感じる。お客様をどうやって作るのか。1件の鑑定の重みを感じる人が増えてきたことで、リピーターが取れるようになった占い師が出てきた。
リピーターの取れる占い師が当然という環境になると、そこにいる占い師は自分も頑張ろうと思うだろうし、できない占い師は去ることになる。
努力を当然と思える人は、それはして当たり前で努力とも感じない。けれども努力が無駄という人には苦痛に感じるものだから、そんな人に努力しろといっても無駄だろう。
蟻とキリギリスという童話では、備えを怠ったキリギリスが飢える。飢えるだけで悪さしないからキリギリスはいいが、ギリギリな占い師は悪さをする。
占いを利用するお客様にアドバイスするなら、占い師名をよく変える占い師は、犯罪者に限りなく近いといっても間違いじゃないと思う。
引用:マリーシェル|チャット占いUranow(ウラナーウ)と秋葉原・吉祥寺の占い館